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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6055号 判決

原告 破産者大成油肥株式会社

破産管財人 丸尾美義

右訴訟代理人弁護士 日野和昌

被告 東京信用金庫

右代表者代表理事職務執行者 谷村唯一郎

右訴訟代理人弁護士 能村幸雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

1、請求の趣旨(原告の申立)

一、被告は原告に対し金一三六万八、九〇〇円およびこれに対する昭和三九年七月八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

2、被告の申立

主文と同旨の判決。

第二、主張と答弁

1、請求の原因(原告の主張)

一、訴外大成油肥株式会社(以下「破産会社」という)は昭和三七年九月五日支払停止となり、東京地方裁判所に破産の申立がなされた結果(同庁昭和三七年(フ)第二四一号事件)、同庁で同三八年四月二日破産の宣告があり、同時に原告がその破産管財人に選任された。

二、破産会社は被告に対して、(イ)定期積立金八〇万円、(ロ)定期預金五〇万円、(ハ)出資金五万円の各元本債権およびこれに対する利息債権を有する。

三、よって、原告は被告に対して、前記債権元利総計一三六万八、九〇〇円(前記各元本債権合計一三五万円とこれに対する昭和三七年九月二四日までの利息債権合計一万八、九〇〇円)およびこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和三九年七月八日から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2、請求の原因に対する答弁

一、請求の原因第一項のうち、破産会社が昭和三七年九月五日支払停止となったことは認めるが、その余の事実は不知。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項は争う。

3、抗弁(被告の主張)

一、被告は昭和三六年一二月二一日破産会社と金融取引を始めたが、右取引をするにあたり、右当事者間で次の趣旨を含む約定を締結した。

(イ)、破産会社の被告に対するすべての債務中いずれの債務でも履行を怠ったものがある場合は、被告において債権保全のため定期積金を含む諸預け金その他被告に対する破産会社の債権はすべて破産会社の被告に対する一切の債務に対し、右債権債務の期限いかんにかかわらず、また破産会社へ何らの通知を要せず、差引計算されても破産会社は異議を述べない。

(ロ)、破産会社が割引を依頼した手形の支払人その他の手形関係人で支払を停止し、または停止するおそれがあると被告が認めた場合には、被告の請求があり次第破産会社はこれが買戻しをなすべく、破産会社がこれに応じないときは、(イ)に準じて取り扱われても破産会社は異議を述べない。

二、その後被告と破産会社との間で継続的に金融取引が行なわれていたが、破産会社が昭和三七年九月五日支払停止となったので、前記約定にもとづき、破産会社が被告から金融を受けた割引手形については被告に買戻請求権が発生し、被告の破産会社に対する貸金については弁済期が到来した。

三、しかして、昭和三七年九月二四日現在における被告と破産会社との間の債権債務関係(後記の相殺に関して必要な限度にとどめる)は左記のとおりであった。

(イ)、被告の破産会社に対する債権

(a)、金六〇万円を昭和三七年六月二三日貸付、その弁済期は同年九月八日、期限後の約定損害金は日歩二銭九厘、弁済期後同年九月二四日までの損害金は金二、七八四円。したがって、その合計額は金六〇万二、七八四円となる。

(b)、金一一四万六、五〇〇円を昭和三七年九月一三日貸付、その弁済期は同年同月二六日、期限後の約定損害金は日歩二銭九厘、弁済期未到来のため同年同月二五日より弁済期までの利息六六五円を控除。したがって、その残額は金一一四万五、八三五円となる。

(ロ)、破産会社の被告に対する債権(請求の原因第二項の債権)

(A)、定期積立金八〇万円(昭和三六年一二月二一日より毎月一〇万円ずつ同三七年七月まで八ヵ月分積立)。これに対する昭和三六年一二月二一日より同三七年九月二四日までの利息は合計九、二〇五円のところ、利子税九二〇円を差引かねばならないので、残額は金八、二八五円。したがって、その合計額は八〇万八、二八五円となる。

(B)、定期預金五〇万円(昭和三六年一二月二一日預金)。これに対する昭和三六年一二月二一日より同三七年九月二四日までの利息(中途解約のため利率は日歩七厘)は合計九、六九五円のところ、利子税九六九円を差引かねばならないので、残額は金八、七二六円。したがって、その合計額は金五〇万八、七二六円となる。

(C)、出資金五万円(昭和三六年一二月二一日一口五〇〇円を一〇〇口分払込完了)。出資契約を解約したため、金五万円。

四、前記第三項、(イ)の(b)の貸金は準消費貸借によるものであって、その目的となった既存債務は次のとおりである。すなわち、被告は破産会社の依頼により、(イ)昭和三七年六月七日、振出人佐藤喜一、金額六二万円、満期同年九月三日、支払場所住友銀行津島支店、(ロ)昭和三七年六月一五日、振出人前に同じ、金額五二万六、五〇〇円、満期同年九月二六日、支払場所東海銀行津島支店なる約束手形各一通を割引いたが、被告は右(イ)の約束手形を満期に支払を求めるため呈示したところ不渡となり、前示約定にもとづき被告は手形買戻請求権を行使した結果、右(イ)、(ロ)につきそれぞれ約束手形金債権を取得したので、破産会社と被告とが同年九月一三日合意によってこれを目的とする準消費貸借契約を締結したのである。

五、破産会社は被告が支払停止となった後の昭和三七年九月二四日被告との間で、破産会社の被告に対する前記定期積立金、定期預金、出資金の各債権およびこれらに対する利息(前記第三項の(ロ)の(A)、(B)、(C))を合計した金一三六万七、〇一一円と、被告の破産会社に対する貸金債権のうち、前記第三項の(イ)の(a)の全額たる金六〇万二、七八四円および同(b)の内金七六万四、二二七円(両者の合計は金一三六万七、〇一一円)とを対当額で合意相殺した。

六、仮に右の合意相殺が認められないとしても、破産会社の破産宣告のときに被告の破産会社に対する自働債権と受働債権とが対立存在し相殺適状にあったから、本訴において相殺の意思表示をする。

4、抗弁に対する答弁

一、抗弁第一項のうち、被告が昭和三六年一二月二一日から破産会社と金融取引を始めたことは認めるが、その余の事実は不知。

二、同第二項のうち、右取引開始後被告と破産会社とが継続的な金融取引を行っていたところ、破産会社が昭和三七年九月五日支払停止となったことは認めるが、その余の事実は不知。

三、同第三ないし第五項の事実は認める。しかし、合意相殺の効果は争う。

四、同第六項は争う。被告の主張によっては相殺の対象となる自働債権と受働債権とが不特定であり、また後述のとおり、本件においては相殺が許されないものであるから、その意思表示は無効である。

五、(自白の撤回)原告は第一六回口頭弁論期日において、被告の抗弁第四、五項の事実を認めたが、それは事実に反し錯誤にもとづいてした陳述であるから、これを撤回し、次のとおり答弁を改める。

(イ)、抗弁第四項の事実は不知。

(ロ)、抗弁第五項の事実は否認する。破産会社と被告との間では、被告の主張するごとき特定の自働債権と相殺適状にある特定の受働債権とが相殺されたのではない。すなわち、破産会社、訴外徳田藤市(破産会社の当時の代表取締役)、同徳田岩雄(前訴外人の弟)の三名が被告に対して有する債権全体と被告が破産会社に対して有する債権全体とを相殺する旨の合意をしたにすぎず、相殺に供せられた債権が特定していないから、合意相殺の効果を生ずるいわれがない。

5、自白の撤回に対する被告の意見

原告の前記自白の撤回には異議がある。

6、再抗弁(原告の主張)

一、被告が抗弁第四項で述べる破産会社と被告との間の契約は、その主張のごとき準消費貸借ではなく、更改である。その結果、既存の手形金債権は消滅し、これと同一性のない新たな貸金債権が成立したのであるから、破産法第一〇四条第三号本文により相殺することは許されない。

二、被告は抗弁第五項で、被告と破産会社との間において、昭和三七年九月二四日、その主張のごとき合意相殺によって該当事者間の債権債務を清算したというが、それは相殺ではなく、単なる支払または手形の買戻しである。しかして、右支払または手形の買戻は破産会社が他の破産債権者を害することを知り、また支払停止後にその事実を知りながら債務を消滅させたものであるから、破産法第七二条第一、二号にもとづいてこれを否認する。

7、再抗弁に対する答弁

再抗弁事実を争う。

抗弁第四項で述べたとおり、準消費貸借の目的となった同項(イ)の約束手形は支払停止前に貸付け、すでに弁済期が到来したところ不渡となっており、同項(ロ)の約束手形も支払停止前に貸付けていたところ右(イ)の約束手形が支払停止前に不渡となったことにより、それぞれ契約当初に締結した取引約定によって被告が手形買戻請求権を取得し、これを行使した結果各約束手形金債権を取得した。また右準消費貸借をするにあたり、被告は該貸借にもとづく貸金請求および手形金請求のいずれでも行使できるようにするため、とくに右(イ)、(ロ)の約束手形を破産会社に返還しなかったのであるから、右準消費貸借の成立によって前記約束手形金債権は消滅せず、両者は同一性を有したのである。したがって、右準消費貸借にもとづく債権は破産法第一〇四条第三号但書にいう支払停止ありたることを知りたるときより前に生じた原因にもとづいて取得したものであるから、右債権を相殺に供することは何ら妨げないところであり、原告がこれを否認の対象とすることはできない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、(請求の原因について)

請求の原因第一項のうち、破産会社が昭和三七年九月五日支払停止となったことは当事者間に争いがなく、その結果当庁に破産の申立があり(当庁昭和三七年(フ)第二四一号事件)、当庁で昭和三八年四月二日破産の宣告をなし、同時に原告がその破産管財人に選任されたことは当裁判所に顕著な事実である。また同第二項の事実は当事者間に争いがない。

二(抗弁について)

1、抗弁第一項の事実は、≪証拠省略≫によってこれを認定することができ、右認定に反する証人徳田藤市の証言部分は上記各証拠に対比して措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

2、同第二項のうち、その後被告と破産会社との間で継続的な金融取引が行なわれていたところ、破産会社が昭和三七年九月五日支払停止となったことは当事者間に争いがなく、そうすると前項において認定した金融取引についての約定にもとづき、破産会社が被告から金融を受けた割引手形については被告の請求があり次第買戻請求権が発生し(抗弁第一項の(ロ))、かつ被告において債権保全のため定期積金を含む諸預け金その他被告に対する破産会社の債権はすべて破産会社の被告に対する一切の債務に対し、右債権債務の期限いかんにかかわらず、また破産会社へ何らの通知を要せず、差引計算されても破産会社としては異議を述べられない状態になった(抗弁第一項の(イ))というべきである。

3、同第三項の事実は当事者間に争いがない。

4、同第四項の事実につき、原告は当初その事実を認めたが、後にその自白を撤回し、該事実を不知と答えたが、原告は右の自白が真実に反し錯誤にもとづくものであることについては何らの立証をしない(かえって≪証拠省略≫によれば、被告の右抗弁事実が肯認できる)から、右自白の撤回は無効である。したがって、右抗弁第四項の事実は当事者間に争いがないことになる。

5、同第五項の事実についても、原告は当初その事実を認めたが、後にその自白を撤回し、該事実を否認したが、原告は右の自白が真実に反し錯誤にもとづくものであることについては何らの立証をしない(かえって≪証拠省略≫を綜合すると、被告の右抗弁事実を肯認することができ、相殺適状にある相互の債権が特定していないとする原告の主張はこれを認めるに足る証拠がない)から、右自白の撤回は無効である。したがって、右抗弁第五項の事実についても当事者間に争いがないことになる。

6、以上に説示したところによれば、被告の抗弁は理由がある。

三(再抗弁について)

1、再抗弁第一項について案ずるに、被告が前示抗弁第四項で主張する事実関係のもとで既存の債務を目的とする準消費貸借が成立し、債務の目的に変更を生じた場合であっても、それによって直ちに債務の更改があり両者の同一性が失なわれると即断することは許されず、そのためには契約当事者たる破産会社と被告とが、右準消費貸借の成立により旧債務たる買戻請求権の行使による債務を消滅させようとする特段の合意(更改意思)をしたか否かによって決めねばならない。

ところで≪証拠省略≫を総合してみても、右契約当事者間において新旧債務の間の同一性を失わしめようとする特段の合意があったことが認められず、かえって≪証拠省略≫によると、右準消費貸借は支払延期ないし事務処理上の都合によってされたものであることが認められる。してみると、被告が前示約定にもとづいて約束手形を割引いた後、該手形の振出人の支払拒絶(不渡)を理由として、破産会社に対しその支払停止前に取得した買戻請求権と同一性を維持しつつ債務の目的を変更した右準消費貸借による債権は、破産法第一〇四条第三号但書に所定の債務者の支払停止ありたることを知りたるときより前に生じた原因にもとづいて取得した債権であると解されるので、右債権は相殺に供することを妨げられるいわれはなく、これをもってした抗弁第五項の相殺(その性質は次項に述べる)は有効である。したがって、再抗弁第一項は理由がない。

2、再抗弁第二項について検討するに、被告と破産会社とが抗弁第五項に記載のごとく合意によって破産会社の被告に対する定期積立金等の債権と被告の破産会社に対する貸金債権とを対等額で消滅させたこと(相殺契約)は前示のとおりである。

ところで、破産債権者が破産宣告の当時破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によることなく、しかも破産法所定の制約にしたがって相殺権を行使しうることは法の明定するところである(破産法第九八条ないし第一〇四条)。これに対して、破産者が支払停止となった後、破産宣告前に債権者との間で相互に有する債権を合意によって相殺すること(相殺契約)が許されるか否かについては法の明文がないが、破産債権者が破産宣告の当時破産者に対して負担する債務につき相殺権の行使が許されるとすれば、破産法所定の相殺禁止の規定に反しない限り、相殺権の行使と同視し、これを有効と解するのが相当である。これを本件についてみるに、破産会社と被告とが合意による相殺の目的とした債権は、いずれも破産会社の支払停止前すでに取得していたものであること前示のとおりであるから、右合意による相殺は有効というべきである。

したがって、右合意による相殺の効力を否認し、これをもって単なる支払もしくは買戻しであると解し、これを前提として該行為を否認する原告の再抗弁第二項もまた採用の限りでない。

四(結論)

以上に説示したところによって明らかなとおり、被告の抗弁は理由があり、原告の再抗弁はいずれも失当たるを免がれない。よって、原告の本訴請求はこれを棄却し、訴訟費用は敗訴当事者たる原告に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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